「自由」の意味を、履き違えていた
「女は家事と育児に集中していればいい」
そんな空気の中で結婚生活を送っていた頃の私は、
ずっとどこかに息苦しさを抱えていました。
自分の意思で選べることが、あまりにも少ない。
何をするにも、誰かの顔色をうかがう。
そんな毎日の中で、私はいつしかこう思うようになっていました。
「お金さえあれば、私は自由になれる」
今振り返ると、これは半分正解で、半分間違いでした。
焦りが、判断を鈍らせる
自由になりたい。
制限されることなく生きていける自分になりたい。
その気持ちが強くなればなるほど、
「お金さえあれば」という焦りに支配されていきました。
そしてその焦りは、冷静な判断力を奪います。
当時、まだ小さかった息子を育てながら
稼げる方法を探していました。
そんな矢先にかかってきた一本の電話。
ポスティングの仕事の紹介だった。
ただ、チラシを配ってそこから注文が入れば紹介料が入る。
こんな仕事だった。
しかし、この話には続きがありました。
この仕事を始めるには登録料が必要だったんです。
確か、30万くらい。
ヤッチャッタなって思いましたよね。
でも、当時はこんな馬鹿げた話ですら救いに聞こえてしまった。
子育ては本当に楽しく幸せな時間でした。
だけど
子どもが寝ている時間や
ボッサボサの汚い姿の自分と鏡越しに目が合った瞬間
ふとした隙間に押し寄せる変な焦り。
「誰でも簡単に」__
こんな私でもできる、
そんな安易な気持ちで登録しちゃったんです。
数日後、大量のチラシが届きました。
ベビーカーに息子を乗せて散歩がてら、
近所のマンションにポスティングの仕事を開始。
開始初日、何枚配った後だったか…
忘れもしないあの言葉をかけられたんです。
「ポスティングは迷惑行為だから辞めてね」
本当に世間知らずでした。
ポスティングが迷惑行為だとは知りませんでした。
でも、この知らない管理人さんの一言が
私の目を覚ましてくれました。
「仕事=人に喜ばれること」と思っていたので、
迷惑行為のポスティングはどうしても続けたくないと思いました。
今の私なら絶対に引っかからないような話です。
でも当時の私は、それくらい追い詰められていたし、それくらい「自由」という言葉に飢えていたのだと思います。
お金は「自由」の一部でしかなかった
あの出来事から十数年間、色んな稼げる方法を試してきました。
そして、子どもの成長に従い収入も少しずつ増えました。
とはいえ、結論から言うと
お金は自由の必要条件ではあっても、十分条件ではなかった。
本当に私を不自由にしていたのは、お金がないことそのものではなく、
- 自分の本音を隠して生きていたこと
- 「本当はこうしたい」を、ずっと後回しにしてきたこと
- 誰かに気を遣いながら、こっそり物事を進めていたこと
この「隠れて生きる」という状態そのものだったのです。
夫に隠れてこっそり仕事を始めた時期、
私は「稼げている」という事実に
どこかホッとしながらも、心のどこかで
ずっと後ろめたさを感じていました。
そしてその淀んだ空気は、
隠しているつもりでも
子どもにまで伝わっていました。
お金は増えているのに、家の中の空気は重い。
そのギャップに気づいた時、
「あれ、私が欲しかった自由って、これじゃない」
と思ったのを覚えています。
お金はあると安心。 だけど...
今、起業や副業を始めたばかりの方、
あるいはこれから始めようとしている
方の中にも、当時の私と同じような
焦りを抱えている人がいるかもしれません。
「早く結果を出さなきゃ」
「自分だけ取り残されている」
その焦りは、痛いほどよくわかります。
でも、焦りの中で選んだ道は、
たいてい正しい判断にはなりません。
私が本当の意味で自由に近づけたのは、
自分の内側の声にきちんと向き合い始めてからでした。
その転機についての話は、また別の記事でお話しします。
p.s.
ポスティング、あれは仕事ではなく詐欺でした。
管理人さんの一言は、まさに神の声でした。
我が子を抱えたまま消費者センターに行き
無事に全額返金されました。
